北陸撮影旅行もいよいよ最終日。私たちは黒井駅から出ていた頸城鉄道の廃線跡へやってきた。北陸本線の黒井駅に降り立つと、頸城鉄道の新黒井駅の駅舎が出迎えてくれた。
元新黒井駅構内。広々としている。レールは全て撤去されて、駅舎だけがポツンと残されていた。この新黒井-百間町間は全面廃止前の1968年に廃止になっている。これによって頸城鉄道は国鉄との連絡のない鉄道となってしまった。この辺りには車庫等の建物があったようだ。
駅舎に近寄ってみる。所々窓ガラスが割れ廃墟のようになっている。こちらがホーム側。ここから小さな車両が発着していた。
逆光で黒潰れしてしまったのを無理やり修正。まるで明治時代に撮影した写真のようにも見える。朽ちようとしている看板に「頸城鉄道 浦川原方面」の文字が読み取れる。左の軒下がホーム。奥から手前に線路は延びていた。
灯篭や墓石らしきものが置かれている。石材屋が使っていたのだろうか。
直ぐ近くにガーター橋が残されていた。
レールは撤去されているが、枕木はまだ残っている。その先は木が生い茂って窺うことが出来ない。うろ覚えだが、この藪に突入したような記憶がある。
この後、徒歩で機関庫のあった百間町(ひゃくけんまち)までの廃線跡を辿ってみた。百間町までは5.4km、夏の暑い中、重たいアルミのカメラバッグを肩から提げ、着替え等の荷物まで背負って良く歩いたものである。
廃止後11年を経て、線路跡は立派な道路に生まれ変わろうとしていた。来るのが少し遅かったようである。これでは面影も何もない。
北四谷駅跡。駅舎が残されていた。このとき、これが駅だと知っていたのだろうか。これ1枚しか撮影していないのが残念だ。
この辺りは道路工事の手がまだ及んでいない。果てしなく広がる水田の真ん中を進んでいく。
百間町駅に到着。ここは廃止後8年が過ぎているが、まだ原型をとどめている。
ターンテーブルが草に埋もれていた。
百間町の機関庫。かなり大きな建物だ。中は見なかったと思うのだが、何か車両が入っていたのだろうか。この機関庫は今でも保存されている。
線路敷き跡を望む。
百間町駅。かつて列車に乗るために人々が立っていただろうホームは、今ではバスの乗客のための自転車置き場となっていた。
駅入り口。往時のままを伝えるたたずまい。