徳島県三好市池田 うだつ
高知県安芸市土居郭中武家屋敷群
高知県安芸市野良時計
高知県安芸市消防機庫
高知県安芸市土居郭中武家屋敷野村家
高知県室戸市吉良川町
高知県室戸市吉良川町細木隆昌家
高知県室戸市吉良川町細木和家
高知県安芸郡奈半利町東山家土蔵の薬局
高知県安芸郡奈半利町浜田典弥家
高知県安芸郡奈半利町竹崎家(竹崎家)
高知県安芸郡奈半利町浜田家(増田家)
高知県安芸郡奈半利町野村家
高知県安芸郡奈半利町森家
高知県安芸郡奈半利町藤村製紙株式会社
高知県安芸市岩崎弥太郎邸
岡山県美咲町小山棚田
岡山県美咲町大併和西棚田
広島県庄原市東城町山本鉄工所旧工場
神戸市北野町本家オランダ館
神戸市北野町うろこの家
神戸市北野町香りの家オランダ館
神戸市北野町
神戸市北野町萌黄の館
神戸市北野町風見鶏の館
神戸市北野町異人館パラスティン邸
神戸市北野町旧パナマ領事館
神戸市北野町英国館
神戸市北野町仏蘭西館
神戸市北野町ラインの館
神戸北野美術館
広島県庄原市東城町
広島県庄原市東城町竹屋饅頭本店
広島県庄原市東城町北村酒造場
広島県庄原市東城町旅館
高知県高岡郡中土佐町久礼
高知県高岡郡中土佐町久礼 高知県最古酒蔵
高知県長岡郡大豊町立川 立川番所書院
高知県伊野町 和紙の土居家
高知県伊野町問屋町
広島県尾道市瀬戸田汐待亭
広島県尾道市瀬戸田堀内邸
広島県尾道市瀬戸田
広島県尾道市瀬戸田ポンプ
広島県尾道市瀬戸田中野地区
徳島県三好市東祖谷阿佐家
徳島県三好市東祖谷木村家
徳島県三好市西祖谷平家屋敷
岡山県吉備中央町 辻堂
岡山県吉備中央町 一里塚
岡山県矢掛町 福武家
岡山県矢掛町 路地
岡山県矢掛町 小西屋
岡山県矢掛町 本陣石井家
岡山県岡山市妹尾 国富家
岡山県高梁市 石火矢町ふるさと村
岡山県高梁市 石火矢町ふるさと村 梶谷邸の武者窓
岡山県高梁市 石火矢町ふるさと村 旧折井家
岡山県高梁市 石火矢町ふるさと村 旧折井家の門構え
岡山県高梁市 石火矢町ふるさと村 旧埴原家
岡山県高梁市 石火矢町ふるさと村 武家屋敷
岡山県高梁市 頼久寺
岡山県高梁市 郷土資料館
岡山県高梁市 民家
発動機
岡山県岡山市足守 木下利玄生家
岡山県岡山市足守 近水園と吟風閣
岡山県岡山市足守 足守藩侍屋敷遺構
岡山県岡山市足守 藤田千年治邸
岡山県高梁市 笹畝坑道
岡山県高梁市 吹屋ふるさと村
岡山県高梁市 吹屋小学校
岡山県岡山市足守 いやしの湯水車
岡山県吉備中央町 円城ふるさと村
岡山県吉備中央町 片山邸
岡山県真庭市勝山町並み
岡山県真庭市勝山町並み 出雲街道道標
岡山県真庭市勝山町並み 酒蔵辻本家
岡山県真庭市 新庄宿商家
岡山県真庭市 新庄宿脇本陣
岡山県真庭市 新庄宿本陣
山口県下関市 旧下関英国領事館
紙幣の原料みつまた
きじのオス
茅葺茶屋
麦畑
とうみ
木製橋
高知県高知市下屋敷長屋
高知県高知市大川筋武家屋敷
高知県高知市旧関川家米蔵
高知県高知市旧関川家
倉敷市下津井回船問屋
倉敷市下津井民家
徳島県三好市池田 うだつの民家
北海道中島公園 八窓庵
北海道庁旧庁舎
北海道大学総合博物館
北海道大学古河記念講堂
北海道大学建物
札幌市資料館
北海道中島公園豊平館
北海道 清華亭
北海道 知事公館
白川郷合掌造り
四万十川佐田の沈下橋
奈良県奈良町町並み
京都府伊根の舟屋
鳥取県倉吉市赤瓦7号館
鳥取県倉吉市玉川沿い白壁土蔵群
島根県日御崎灯台
島根県羅漢堂木橋
島根県石見銀山
山口県柳井市内町並み
山口県錦帯橋
島根県北島国造家四脚門
島根県北島国造家大門
島根県倉吉市赤瓦7号館
島根県赤瓦1号館
島根県大田市町並み交流センター(旧大森区裁判所)
島根県旧熊谷家(重要文化財)
島根県石見銀山資料館(大森代官所跡)
倉敷市阿知町旧家
倉敷市大橋家
倉敷市本町町並み
倉敷市井上家
倉敷市大正亭
倉敷市結納のし家
倉敷市三楽会館(旧倉敷郵便局)
倉敷市塚村酒店
倉敷市町並み
倉敷市旧家
倉敷市蔵のある路地裏
倉敷市大原美術館
倉敷市加計美術館
倉敷市児島虎次郎記念館
鳥取県倉吉市6号館
鳥取県倉吉市7号館
鳥取県倉吉市玉川沿い
鳥取県倉吉市7号館通り
鳥取県倉吉市白壁土蔵群
北海道国稀酒造
北海道旧花田家番屋
北海道道の駅かみゆうべつ温泉チューリップの湯
青森県三内丸山遺跡
秋田県角館市安藤醸造元
秋田県角館市武家屋敷
秋田県乳頭温泉黒湯
三重県熊野古道
三重県伊賀忍者屋敷
三重県亀山市関町関宿
徳島県祖谷かずら橋
高知県道の駅ゆすはら
高知県梼原棚田
茨城県五浦六角堂
飛騨高山
飛騨古川
能登明治の館
能登稲
能登すず塩田村揚浜塩田
能登白米千枚田
飛騨五箇山
長野県妻籠
岐阜県馬籠
三重県おはらい町
三重県おかげ横丁
滋賀県甲賀忍術屋敷
愛媛県道後温泉本館
愛媛県坊ちゃん列車
旧庄屋永沼家
福岡県朝倉市 秋月町並み武家屋敷
福岡県朝倉市 秋月町並み
福岡県朝倉市 秋月目鏡橋
福岡県朝倉市 朝倉三連水車
大分県日田市豆田町並み
大分県 耶馬渓町石橋
大分県杵築市杵築町並み
大分県臼杵町並み
大分県陣屋の村
大分県湯布院町並み
大分県湯布院民芸村
高千穂棚田
熊本県上益城郡山都町(旧矢部町)通潤橋
熊本県美里町 霊台橋
宮崎県日南市 飫肥町並み
熊本県宇城市松合 白壁が並ぶ旧富岡街道沿いの町並み
熊本県宇城市松合 白壁が並ぶ旧富岡街道沿いの町並
福岡県 柳川町並み
福岡県 北原白秋生誕地
佐賀県嬉野市塩田宿 西岡家住宅
佐賀県嬉野市塩田宿 塩田宿
塩田宿
肥前酒蔵通り
島原武家屋敷
長崎オランダ坂
グラバー園
唐津棚田
浜浦棚田
門司港レトロ
岡山県岡山市足守公会堂
古武道竹内流発祥の地 戦国末期の天文元年(1532)、垪和一瀬城主竹内久盛が創始した古武道竹内流発祥の地。急斜面の山麓には江戸中期に宗家と門人達によって建てられた道場等があり、そこには中世の山城を思わせる壮大な石垣がそそり立ち、宗家代々の墓所等もある。 所在地 建部町角石谷1124番地 所有者 竹内藤一郎ほか
角石畝の棚田と茅葺民家 和田神社近くに田植えが始まった棚田と茅葺民家がある。
河原家は、戦国時代末期に加茂川町鍋谷城の城主であった河原直次の弟秀光を祖とする旧家です。邸内には、天保10年(1839年)建築の母屋のほか、長屋門や離れ座敷、複数の倉などが残されており、江戸時代後期の建築・生活様式と備前岡山藩の大庄屋としての格式を伝える貴重な遺構として、そのすべてが御津町指定重要文化財に指定されています。
川端風景 佐用町平福は兵庫県の西の端に位置し播磨国から因幡国へ抜ける南北の道, 周囲を山に囲まれた盆地であり旧因幡街道随一の宿場町として賑わった。 室町時代は赤松氏の拠点で利神城(りかんじょう)と云う山城があった。 宮本武蔵が13歳の時、兵法者・有馬喜兵衛と初決闘し一刀の元に倒したところでもある。 街道沿いの町並みは昔の面影を残し連子窓、格子戸の平入りの家も並び、また町の裏を流れる 佐用川沿いには風情のある土蔵郡が立ち並んでいる
鋳物師 瓜生原家 瓜生原家は、享保年間に、津山から移り住み、代々「吹屋」という屋号で、鋳物業を営み、昭和の初め頃まで、続いていたといいます。建てられたのは、文化七年(1810) 特徴は、大屋根の煙り出し切妻越しの屋根、潜り戸のついた、大戸雨戸を上下に開くと、天井と縁になる「ブッチョウ造り」出棺口、格子など町家の特色を、そなえています。
宮本武蔵初決闘の場 街並も途切れようするところまでくると佐用川に架かる金倉橋があり、橋のたもとに六体の地蔵と石碑がたっている。 金倉橋の周辺はかって江戸時代に処刑場があった場所で六地蔵はその供養のため建てられた。金倉橋たもとに石碑がある。武蔵が13歳のとき新刀流の達人有馬喜兵衛に初勝負をいどみ、一刀のもとに倒したとされる 宮本武蔵決闘の場の記念碑。
陣屋門・代官所跡 池田氏の治世後松平氏による代官差配となった時代の代官所跡陣屋門、鳥取藩が本陣をおいた本陣の復元などがあります。
平福本陣跡 かつての鳥取藩の陣屋跡。関ヶ原に参戦した神吉宗臣が、領国への帰国後、本陣として使っていたという。当時は700坪もの広大な敷地を誇っていたが、現在は素戔嗚尊(すさのおのみこと)神社の「お旅所」となっている。白壁の門や回廊式の塀が再現され、庭園として整備されている。
宮本武蔵ゆかりの旧田住邸 武蔵は父の後妻、よし子に育てられた。武蔵が7歳の時に父が死去し、義母(よし子)は平福へ帰り田住政久の後妻となる。幼少時代の武蔵は当家で養育され、武芸も学んだといわれる。
たつ乃屋醤油本店 たつ乃屋本店は地区の中ほどにある。一六九七(元禄十)年の創業以来、ここに店を構え、醤油(しようゆ)をつくり続けている老舗。裏には、大きな杉おけが二十五ほど並ぶ蔵があり、醤油独特のにおいが満ちる。 この地で古くから地域の人に愛されてきた「三年醤油」。同店は、製法や使う道具も昔のままで、国産丸大豆と小麦を混ぜ合わせ、麹室(こうじむろ)と呼ばれる温室に二昼夜寝かせる。できた麹を塩水を入れた杉おけに漬け込んで熟成させる。 一般的な醤油の熟成期間は半年から一年だが、三年醤油はその名の通り、倍以上の時間をかける。ただ置いておくのではなく、夏は毎日、それ以外の季節も数日に一度はかき混ぜる。均等に発酵させてカビの発生を防ぐためという。 最後に、もろみを布で包み、重しをつるしてゆっくりと搾る。以前に一度、油圧で搾る圧搾機を導入したことがあったが、すぐに使用をやめた。
滋賀県黒壁
滋賀県長浜市黒壁
福井県敦賀市板取宿
福井県福井市朝倉遺跡武家屋敷
福井県大野市七間朝市
福井県大野市寺町通り
福島県喜多方市三津谷の登り窯
福島県喜多方市
福島県喜多方市馬車の駅
福島県喜多方市甲斐本家蔵座敷
福島県会津若松市武家屋敷
福島県会津若松市
福島県南会津郡下郷町大内宿
長野県下水内郡栄村秋山郷保存民家
長野県安曇野市大王わさび農場
京都府美山
兵庫県神崎郡福崎町立歴史民族資料館
兵庫県神崎郡福崎町柳田國男生家
兵庫県朝来市生野町生野銀山
岡山県岡山市二日市 八角園舎 「八角園舎」は岡山市門田屋敷本町より移設・復元された明治後期の由緒ある幼稚園。 正式名称「旭東小学校付属幼稚園」は、岡山県工師「江川三郎八」氏が設計、1908年(明治41年)竣工。 竣工後、昭和20年6月「岡山大空襲」でトイレを焼失しつつ、廃園の紆余曲折を経て昭和26年、有志により復活。 昭和55年、「岡山市重要文化財」に指定されると同時に解体保存。 平成11年、「岡山市立図書館」と隣接する 岡山市二日市町56 において復元、現在に至る。
岡山県岡山市川入 犬養毅記念館 犬養毅(号 木堂(ぼくどう))は、明治から 大正、昭和の激動期に、生涯をかけて政党政治の確立に貢献し、昭和7年(1932)5月15日、有名な「話せば分かる」という言葉を残し、青年将校の凶弾に倒れた清廉潔白な政治家です。 平成5年(1993)10月、木堂を顕彰するために、木堂生家(国指定重要文化財)に隣接して記念館が開設されました。
岡山県岡山市川入 犬養毅生家 犬養家は代々庄屋や藩の要職を務めた農家でこの生家は江戸中期に建てられたものである。老朽化が甚だしかったため、昭和54(1979)年に解体復元された。 国の重要文化財に指定されている。
岡山県岡山市京橋 火の見櫓 櫓は1924年(大正13年)完成。建築は「坪田利吉(1870~1944)」によってなされ,行商をしながらその財を多くの慈善事業に投じていました。その中で,彼の晩年に建てられた櫓は12基(4基が現存2006/1/21現在)といわれ,すべての費用は私財で支払われました。「坪田利吉」はよろず屋「万納屋」を営んでいました。彼は明治3(1870)年,広島県府中市生まれ。彼は毎日,大八車(人や馬で曳く,大きな車輪が2輪あり,物資を積載する貨物用の乗り物)に日用品や食料品を積み,岡山市内で行商に励みました。彼は売上金を基にして数多くの慈善事業に取り組みました。その中でも特に力を注いだのが『火の見櫓』の建設でした。岡山市教育委員会文化財課の資料によると「明治36年に岡山市船頭町、同小原町(現・清輝本町)に無料宿泊所を開設したのを皮切りに、雨傘2,200本を小中学校に寄附、西川に第一~第三万納屋橋を架けるなどの慈善事業を行った。警鐘台については大正11年に旧県庁前(現・天神町)、旧専売局前(現・下石井)に2基の警鐘台を建てたのをはじめ、京橋警鐘台も含め昭和12年の引退までに12基の警鐘台を寄附した。」と記録されています。
岡山県岡山市京橋 伊部屋 大手饅頭は天保八年(1837年)弊店の初代伊部屋永吉が、いまの営業地京橋町で創業しましたが、当時の備前藩主池田侯から特に寵愛を受けお茶会の席には必ず伊部焼の茶器とともに愛用されてきました。大手饅頭の名称は、当店が岡山城大手門の附近にあったため藩侯からいただいたと伝えられております。
岡山県岡山市京橋 京橋交番 昭和六十三年(1988)には、京橋西詰めの岡山東署の派出所が周辺の景観にふさわしいしゃれた建物に建て替えられた。
岡山県岡山市京橋 京橋水管橋 京橋水管橋は岡山市の水道関連施設で、国の文化審議会から、近代建築物の保護を目的とした有形文化財に登録されました。 水管橋は明治38年(1905年)に当時の中島、国富、門田屋敷、網浜地区への給水を目的に作られました水道管専用の橋で現存しているものでは全国でも例がありません。
兵庫県たつの市 揖保川の清らかな水で創られる手延素麺と淡口醤油で有名な兵庫県たつの市。 龍野は淡口醤油発祥の城下町です。 本竜野駅から揖保川に行くと、ヒガシマル醤油工場が見えます。街にも多くの古い醤油工場があります。
兵庫県たつの市 武家屋敷、町屋、醤油蔵が 並ぶ歴史的景観は「小京都」のようです。静かな小道をあるくと、懐かしい、古い民家が並んでいます。
兵庫県たつの市 鶏籠山(けいろうさん)の山城と山麓の平山城とのニ期に分かれます。山城は約500年前赤松村秀(あかまつむらひで)によって築かれ、現在の平山城は寛文(かんぶん)12年に信州飯田から脇坂安政公(わきざかやすまさこう)が移って築城したとされています。心のふるさと龍野の象徴として、本丸御殿(ほんまるごてん)、白亜(はくあ)の城壁、多聞櫓(たもんやぐら)、埋門(うづみもん)、隅櫓(すみやぐら)などを復元。
兵庫県たつの市 うすくち龍野醤油資料館別館 龍野藩は、王政復古後、窮迫する藩財政の建て直しを図り、半官半民の生産局を設けて、醤油を藩業にしようとした。その矢先、明治4年の廃藩置県によりすべて計画倒れに終わり、業界は一時無統制の過当競争に陥った。これを見た横山省三は、龍野醤油の将来を憂い、明治9年有志と謀り、龍野醤油醸造組合を結成した。当時の資料が展示されています。
兵庫県たつの市 寺院、 浦川(うらかわ)、醤油蔵(しょうゆぐら)などがあり、城下町龍野の情緒が残っています。如来寺境内(にょらいじけいだい)には、露風の歌碑(かひ)と筆塚(ふでづか)があります
兵庫県たつの市 龍野醤油醸造の始まりは、天正15年(1587)と伝えられています。 現在は近代設備のもとで生産されていますが、昔は大豆をたき、小麦を炒り、全て人力で造られていました。当時の用具・文献資料を一堂にそろえて醤油造りの今昔を見ることができます。
兵庫県たつの市 旧脇坂屋敷(わきさかやしき)付近には白壁の土塀があり、静かな落ち着いた「城下町龍野」のイメージが今も残っています。