ここが東山荘の正門です。 "Toh Zan Soh" This Is Meishu-Sama's house in Atami. Meishu-sama has lived here since 1944. ( Only in winter ) Meishu-Sama is The founder johrei.
なぜ東山荘というかというと、この場所が「東山(ひがしやま)」という地名でしたので、東山荘になったそうです。正式には、東山東山荘(ひがしやまとうざんそう)というのだそうです。
東山荘の玄関からみた水晶殿です。明主様もきっとこの場所から、この光景をごらんになり、建設の構想を練られたことでしょう。
東山荘の表札です。御在世当時は、表札は「東山荘」ではなく、「岡田鉱業所」というもので、明主様が経営しておられた鉱山の事務所というような表札だったそうです。
ここも「遺蹟」なんですね。
正門から中をのぞき込んだ映像です。
正門を入ったところ。 石畳の先に東山荘本館が見えます。
門から玄関までの見取り図
中に入って正門を撮影
正門付近の庭
東山荘本館の玄関です。なお、本館には入ることは出来ませんでした。
本館の玄関からみた光景
玄関の横にある離れのような場所の入り口
東山荘本館、玄関脇の石畳です。
庭のむこうがわから玄関前を撮ったもの
本館の庭に向かうため、こんな石段を登り
こんな処を進み
また石段を登って
東山荘本館のお庭に着きました。
明主様が住まれたのは、この2階部分です。 Meishu-Sama has lived in the second floor.
明主様が剪定された庭木です。
東山荘本館のお庭からみた水晶殿です。
東山荘本館のお庭
東山荘のお庭からみた初島です。 明主様は、本館のお風呂でこの初島を眺め、 このお歌を詠まれました。 「静かなる 海に浮かべる 初島を 遥かに眺めつ 温泉(いでゆ)につかれる」
東山荘別館に向かう途中にある仏像です。
東山荘別館の縁側部分です。明主様はここから出入りされたそうです。
東山荘別館の縁側部分です。奥に見えるのが明主様がご面会に使われたお部屋です。この後、そのお部屋に入ります。
東山荘別館の入り口です。別館には入ることが出来ました。御在世当時は、ここからたくさんの信者さんが出入りされました。
東山荘別館の廊下です
東山荘別館のお部屋です。ここで明主様はご面会をされました。当時は150人もの信者さんたちが、所狭しとこの場所で明主様のお出ましを待たれたそうです。
東山荘別館、ご面会室の床の間です。
東山荘別館、縁側部分です。
ここは東山荘別館の、明主様が控えの間に使用されていた「光明の間」です。後にこの場所は明主様の御揮毫の部屋として使われました。「東山荘主」という落款印が押された御書体は、この部屋で御揮毫されたものです。写真の座布団も、御在世当時に明主様が使われた物だそうです。