盛久ギャラリー入口
棟方志功の間(応接間)
椅子はバーナード・リーチのデザイン
バーナード・リーチの間
バーナード・リーチの間から玄関付近を見る
柳宗悦の間
柳宗悦の間に小説「壬生義士伝」の作者浅田次郎氏が宿泊し、映画「壬生義士伝」のシナリオライターが一ヶ月ここに寄宿して脱稿した。
柳宗悦の間 入口
応接間の造りはモダンかつシックだ
金箔が施され浮き彫りされた中国製と思われる板絵裏には、周道の署名で、帝王学の詩が記されている。
応接間からテラスと庭を望む。窓際には、ギャラリーのご亭主で陶芸家の及川昭伍氏の作品が並んでいる。及川氏は日本陶芸倶楽部正会員。
庭の飛び石 全体に梅雨時特有の湿りを帯び風情のある美しい光栄だ
光原社は宮沢賢治の命名。盛久ギャラリーの及川家とは縁戚筋に当たる
宮沢賢治の名作「注文の多い料理店」の出版はこの会社で行った
賢治の書体を模した書が築地塀の白壁に並んでいる
行き止まりは北上川が流れる
マチ”エル館 賢治の記念館に入る
若き賢治の肖像
思索しながら歩く賢治と岩手山
及川四郎氏は賢治を支えたパトロンというよりも賢治と同志的友情で結ばれた人だったのでは・・・
賢治の履歴書
喫茶店の中から庭を撮影
光原社入口
道の反対方にも光原社はある
展示会紹介ポスター
岩下浩氏書